ミュンヘン スペシャル・エディション
2007年5月17日 映画Amazon.co.jp
1972年のミュンヘン五輪。パレスチナ人ゲリラが11人のイスラエル選手を人質にとる。結局、人質は全員死亡。スピルバーグ監督が歴史の暗部を直視した本作は、その後、イスラエル側による報復作戦にフォーカスが当てられている。暗殺グループとして組織された5人の工作員が、事件に関与したとされるパレスチナの重要人物を標的に、ヨーロッパ各国で暗躍。次々と彼らを暗殺していく。
スピルバーグの視点は、あくまでもニュートラルな立場を貫き、イスラエル、パレスチナのどちらかに肩入れすることはない。実際のニュース映像も挿入した五輪の事件や、前半の暗殺シーンは、徹底してリアルで、ときには過剰なまでのグロテスクな描写もある。中盤からは、立場が変わって命を狙われる工作員の心理ドラマが観る者を圧倒。報復の虚しさが伝わる展開になっている。工作員のリーダーを演じるエリック・バナが、その葛藤を全身全霊で体現。ラストシーンはニューヨークなのだが、その風景に追加された「あるもの」の映像もまた、終わらない報復の悲劇を訴えているようだ。(斉藤博昭)
内容(「Oricon」データベースより)
スティーブン・スピルバーグ監督が歴史の裏側に隠された真実を暴く衝撃のサスペンス超大作!1972年9月5日、オリンピック開催中に11人のイスラエル人選手がゲリラ“ブラック・セプテンバー”に殺された…。人ひとり殺したことのないアヴナーは暗殺チームのリーダーに任命される。指示のままにターゲットをひとりずつ消して行く彼と仲間達。次第に彼らは見えない恐怖と狂気の中を彷徨う。この暴力の応酬の末に待つものとは?
アマゾンのレビューを見るに、好き嫌いの分かれる映画のようだ。
個人的には、とても好きなタイプの映画だった。
自分がとられたものを取り返そうと思う人々の根底には、「そのモノに対する所有権が自分たちにある」という自負があると思う。
かんたんに言うなら、「とられたものは取り返す根性」のようなものか。
たとえば、「A太郎に貸していたCDを借りパクされた」と主張する人・B太郎は、「そのCDを所有していたのが自分である」という感覚を持っているだろう。
でも、ある国の領土が、その国家の成員のものであることを、誰が保証するのだろうか。国連とかなのかな?
誰が、その所有権の正当性を認めるに値するのか。という問題もあるだろうけれど、ひとまず、国家や民族のレベルで行われる領土の取り合いについて思ったのは、「一つ」の国家や民族によってのみ認められる正当性なんてどこにもないんじゃないのだろうか。ってことだ。
そういう正当性のようなものは、国家間の相互承認がなくては成り立たないだろう。たぶん、当事者の間の承認じゃなきゃ意味がない。借りパク事件で、第3者C太郎が割り込んできて持ち主のB太郎に、「これ、A太郎のCDでお前のじゃないじゃん」って言ったとしても、もともとのB太郎は納得いかんだろうし。
ただ、パレスチナとイスラエルの問題は、もっと複雑だ。
どちらも所有権の正当性を主張して譲らないし、どちらもそれを主張するための材料を持っている。
で、片方は国土を取り返すために戦うし、もう一方は、その攻撃に対する「防衛」やなんかを理由に応戦する。
でも、国同士が争っていたとしても、実際の報復を実行するのは、「国家」なんて実体がないものじゃなくて「人間」だ。
(「ミュンヘン」では、ばっちりそのことが伝わってくる。
「ミュンヘン」は、あくまで、人間の話が核にあるとおもう。)
んで、立法、司法、行政で仕事をしている人たちは戦争には行かない。首相や大臣には、首相や大臣の仕事があるから。政治家には政治家の仕事があるだろうからね。
あんなふうに「自分で責任を持つ」って言った人間の下で、国家のためとかなんとか、大義名分でもって他の人たちの生きる権利を奪うのを見てると、国家の「一般意思」なんて信じられんと思う。
政治家たちが「一般意思」かもしれないと思ってるものだって、世界的に見れば、ある特殊な意思でしかないだろう。他の国が、同じ意思を持ってるとは限らないんだから。
じゃあ、政治家の実現しようとしてるものって、対外的に見れば、「特殊な集団」の「特殊な利益」の領域から抜けることはありえないんじゃないだろうか。(国内だけに焦点を絞れば、「一般意思」ってのも、成立するだろうけど。)
国がある限り、戦争がなくなることはないとおもう。つーか、国って、戦争が起こったときのための集団なのかも。
ましてや、すべての人間が、自分たちの「所有物」に、固執することをやめるなんてのも、ありえないだろう。「とられたものはとりかえす」根性は、おそらく不滅である。
程度の差はあれ、そういう、ケチくささは、一掃するには深すぎるくらい、人類全体に染み付いてんじゃないだろうか。
ユダヤ人とかアラブ人とかだけじゃなくても、自分の領土を奪われた(奪われそうだ)と思えば、そのために戦っちゃうだろう。
つーか、そういう根性なくしたら、別の道をたどって破滅しそうだ、人類。
追記
あーぁ、こういうデリケートな事について、知識のない人が、書くべきじゃないのかも。
全然、映画についてレビューしてないし。
とにかく、この映画、スピルバーグじゃなきゃ作れないぜ。
あくまで、脚色された事実についての物語。ノン・「フィクション」映画であって、ドキュメンタリーではありません。
とりあえず、憲法9条はそのままにしてほしい。
海外派遣、その都度、考えたほうがいいとおもう。
侵略してまでほしいなら、日本の領土くれてやれよ。
そんなこんな言いたいけど、ジュースおごるのにも躊躇するときがあるくらい、ケチケチ人間です。
そして、国のない人の痛みをなんとなく理解できても、そのための殺人を理解できない人間です。
思いやりに欠けてるのかも。
でも、自分が隷属してる思想や考えの枠組みとか、そういうものを認識したい。
正しさを信じられる人を見ると、うらやましいとおもう。
と同時に、こわいなぁとおもう。
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