ゆらゆら帝国 1998-2004
2006年12月22日 音楽 コメント (1)Amazon.co.jp
代表曲を網羅した総括的なベスト盤だが、新録音や未発表ヴァージョン/ミックスの曲をふんだんに収録している。特に2枚目のボーナス・ディスクは全曲が未発表。坂本慎太郎のヴォーカルのみを前面に出した大胆なミックスの「グレープフルーツちょうだい」、原曲のジュン(ママギタァ)ではなく坂本が歌う「バンドをやってる友だち」、あどけない声でおなじみの風子と坂本がデュエットをする「ボーンズ」など、最新作『しびれ』、『めまい』の方法論に通じるアヴァンギャルドなアイデアを随所で試みている。新録の「グレープフルーツちょうだい」「アイドル」での妖艶な色気が匂い立つような坂本の歌い方も、『しびれ』『めまい』以降のスタンスだ。単なるベスト盤ではなく、ゆらゆら帝国の“過去”と“現在”を同時に示したような重要作といえる。(小山 守)
内容(「CDジャーナル」データベースより)
『ミーのカー』や『~しびれ』『~めまい』など数々の名作アルバムを発表してきた{ゆら帝}のベスト・アルバム。シングル、代表曲を中心としたベストサイドと、レア音源満載のレアサイドの2枚組。
以下日記
21日の夜、歴史学の本は重力を持っていることに気づく。
そう、その重力はピンポイントに働きかけるのだ、まぶたから床へ向かって。
リビングのソファにて、うとうとしながら読んだが、あまり進まなかった。
2階の部屋は暖房はあるが寒く、座りごこちの良い椅子がないため、居間で読むことが多い。
夕方の教育番組の音はやかましい。しかし、文句は言えない。
そして、親指をページにはさんだまま、ちらちらと見ていた『おじゃる丸』が面白く、つい注意を引かれてしまう。活字に集中できない、というか、最初から最後までちゃんと見ていることが多い、おじゃる丸を。今日は、林檎をかじりながら。
意識飛び目覚めると、午後六時過ぎ。
姪はいつのまにかプールに行くために家を出ており、かわりに姉がいた。「クリスマスのCD、借りてきて」といわれ、本に向かって返事をする。ヘイホー、と。
すぐにまぶたが重くなり意識を失う。
7時過ぎ、母親と話す父親の声が聞こえて起きる。
夕飯を食べる。「ごぼうとニンジンの肉巻き」の味が濃い。
遠まわしに「やっぱあれかい、冬って野菜、高いの?」と言うと、母が「むむっ」とした。
「それ、野菜がないって言いたいんでしょ?」と言う。
そうなのだ。野菜が食べたい。ごぼうでもなく、人参でもなく。
やつらも野菜ではあるが、葉っぱが食いたい。
そう言うと、ふーん、という返事が返ってきた。
結局、うとうとしっ放し。歴史学の本は進まず。けれど、ちょっといいところがあった。
・何らのフィクションをも有しないような制度は存在しない
・古い制度、抑圧的な制度を打倒して新しく生まれた制度もまた新しい神話を作る
・反制度的歴史が往往にして傾きがちな情動的、主観的な気分に埋没しがち
・制度からの自立という問題は、歴史認識の方法論の基本ともいうべきもの
・出来事として固有名詞は一回性を持つ。
夜、ゆらゆら帝国を聞きながら、バイトへ。
きもちよくなる。「恋をしたい」を聞き、鯉をしたくなる。
鯉をしたくなったままゆらゆら夢気分、バイト先に5分前に到着。
トウフさんに怒られる、「YO、YO、15分前に来ないといかんぜYO!」と。
明日からは、文章の中で、変態オールドスクール・ラップさせてしまわないように、15分前に着くことを心がけようと思った。
仕事。同じく深夜勤のカフハラさんは、ここ3日間で3時間ほどしか寝てないという話をしてくれた。
1日1時間睡眠。されど、カフハラさんの目は奇跡的に開いていた。感動する。
仕事、終わり。
帰り道、運転しながら見た朝の景色はきれい。雪の表面が朝日を反射してキラキラ。
それを横目に安全走行、帰宅。22日の朝10時すこし過ぎ。
鼻歌が止まらんくても鍵を回し、家に入る、母にただいまと言い、コンタクトをはずし着替える、終始フンフンうたいながら。
そんでもって、日記書いて、寝た。ンガフフ、と。
...と寝るつもりだったが眠れずに「いいとも」の時間。階下へ。
「昼、なんか食べんの?」の質問に、母の返事は「うーん」。
電話がかかってきて忙しそうなので、やっぱ寝ることにした。
眠る→起きる、姪の声で。「昼ごはんだよ」ってさ。
降りてみるとテーブルにそばめし、人参とキャべージが入っておった。
キャべージはいいのだが、人参が堅くて口に運ぶたびにウップンが溜まる。
「文句があるなら、自分で作るべきだ」という論理が通低感情に。
そうなのだ、文句は言えん、、、遠まわしにしか。
ちょこざいな。
そばめしかっくらって歯磨き、ベッド行き就寝。
起床午後8時。またメシ。テーブルには「きりたんぽ鍋」。
野菜リクエストに答えてくれた台所DJハハに感謝しつつ食らう。満腹感を押して食らう。
そして具材に疑問を持ち質問をする、「DJ、これは「きりたんぽ」鍋かい?」と。
「いや、こいつは「ちゃんこ鍋」にきりたんぽをぶち込んだもんでっせ、だんな。」と母。
今日のもおいしかったけど。
でも、やっぱおいしいきりたんぽ鍋は、ちゃんこ鍋とは違う味がするのだ、実は。
食っちゃ寝、食っちゃ寝したあとに「ちゃんこ鍋。」
こうして、相撲のとれない力士への道を邁進中である。どすこい。
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